わたらせ渓谷鐵道休線区間(間藤駅~足尾本山駅) 2016年

足尾本山駅と出川橋梁 旅行

小学生の頃に田中正造という厳つい爺ちゃんとセットで覚えた「足尾銅山」。

あの事件は江戸時代に閉山状態に追い込まれた銅山を、古河市兵衛が再開発する中で発生した環境問題であり、足尾はその直接的な原因となる銅の採掘場と精錬工場が設置された場所として栄えました。


この銅山において算出された銅鉱の精錬工場と足尾の町を結ぶ、鉄道が通っていた跡が残っていました。これはその跡を2016年に訪れたときの記録です。

旅程:小山→桐生→間藤→本山→足尾→通洞
時間:約7時間(間藤から通洞までは徒歩で移動)

~本編~

 

新幹線で小山まで向かい、そこからは両毛線で桐生というところまで乗ります。
下の写真は、その両毛線で乗った車両、115系です。1963年から
20年の間に改良を重ねながら1900両も作られた、国鉄の量産機でしたが、
2025年には東日本から姿を消しました。

 
両毛線 小山駅 115系
桐生駅で降りてから更に乗り換え、わたらせ渓谷鉄道に乗ります。
このわたらせ渓谷鉄道は元々は国鉄の路線(足尾線)でしたが現在は第三セクターとして運営されている路線です。
この鉄道で現在終点とされている間藤まで向かいます。
今回の目的地は終点のその先にあります。
ちなみに少なくとも乗車した当時は区間の半分以上が圏外でした。
ローカル線ではよく見られるロングクロス半々くらいのセミクロスシートです。
またトロッコ列車はたくさんの人が乗車しているのをテレビでみましたが、普通列車はこのような撮影が出来るくらい人が乗っていませんでした。
桐生から1時間半、終点の間藤駅に到着しました。
先述の通り、目的地はここから先の事実上の廃線区間です。
一応休線として扱われているのですが、
この先の区間の営業運転の資格がなくなっています。
列車が走らなくなってから25年以上経ちましたが、線路はまだ敷かれています。
基本的に廃線では線路が撤去されていますが、「休線」である本路線は、フリーズドライ状態となっています。
とはいえ列車の目の前でその先に踏み入れていくのは忍びないので、
最初は、駅前の通りを歩いていきました。
間藤の町というのは、現在では足尾市街のはずれに当たりますが、
その昔は住宅街や長屋が並んでいたそうです。
2010年頃は住宅のあとが割と残っていたそうですが、
2013,14年に取り壊しがあったそうで、何も残っていませんでした。
足尾町の様子
しばらく歩くと、線路と交差してました。有刺鉄線が巻かれたバリケードが手前に立っていました。立ち入る人が多かったのでしょうか。
下の写真はバリケードの網目から撮影したものです。

 


この先で右からきている道と交差しているようでしたので、そちらに向かいました。

 

赤い橋が鉄道のものです。かなり低いところで交差してます。
この先を見るために私たちは先回りする形で川を渡り、
コミュニティーセンターみたいな建物の裏手から廃線区間のところにでました。

上がれたときの写真 間藤・足尾駅方面
しっかりレールも敷かれたままですが、草に覆われています。
木も線路側の空間にはみ出ていますから、すぐに列車を走らせるのは難しそうです。
 
ATSの地上子もそのまま残っていました。ATSーS型と書いてあることから国鉄が1966年頃までに国鉄前線で配備した未改良型のものです。現役の路線ではこのS型は全て改良化がされており、ATSーSx(x部分は運営会社によって異なります)という形式になっています。また製造年号に「昭和」が入っているところからして足尾線時代に設置されたものと思われます。
ここからは足尾本山という、本来の終着駅に向かいます。
その途中に1個、トンネルがありました。
筆者にとっては初の廃トンネルです。

 


近づくと、なかなかの迫力があります。


このトンネルをくぐると、本来の終着駅だった足尾本山の駅が見えてきます。
隣に古河金属の工場があり、残念ながら駅の中には入ることが出来ませんでしたが、
駅の様子を遠目からでもよく見ることができました。


奥が足尾本町駅 右の工場は稼働中でした
このあと、足尾方面に引き返したのですが、途中でトンネルがありまして、


・・・中でカーブしているようなのですが、暗くて危なそうだったので、
入るのはやめておきました。

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