ソ連の地図と日本国(レッドアトラス)

ソ連製地図

こんにちは、銀ふくろうです。
突然ですが、ソ連製地図のアプリはご存知でしょうか?



今や廃線となった路線の形が無料で見られるため重宝しています。

国土地理院の画質が悪い旧版(有料でちゃんとしたのは手に入るが最低一枚500円でダルい)を目かっぽじって見る必要が無くなりました。
ところがある日のこと、見ていたら困ることがありました。その時玉電なる玉川線を探していたのですが、

線路が表示されてなかったのです。で、そういやこの地図いつのを図したんだろうかと思い、色んなところを見て見当をつけてみることにしました。
まず、前述の通り玉川線(及び砧線)が廃止されているということで、1969年5月以降である上に、地下鉄表示かつ駅が表示されていない訳ですから、新玉川線が開通する1975年よりも前ということになる、と思っていましたが、地下鉄駅を表すMのマークが見つかりました。(同年5月22日)
ところがです。車道の方に目を向けるともう一つ分かりやすい情報がありました。東名が首都高と接続されていません(現在用賀で接続)。つまり首都高三号線が開通する1971年12月よりも前ということになります。
この企画、どん詰まりでしょうか。
でもちょっと勿体ないので後からつけ直した、という線に望みをかけてみます。
ちなみに他の地域の地図とは制作時期が異なる可能性があるため参考にはできません。
例えば玉川線の区間で紹介した地図も上下で配色が異なり境界部分の位置が一致していないことが分かるでしょうか。恐らくこの分かれた2枚の地図でも調査時期、あるいは参考にした地図の時期が異なります。
同じ地図行ってみます。カバーしている他の範囲に目を向けるとまあ一杯ヒントはあったのですが、まずは武蔵小杉付近を見て見ましょう。

ローマ字でアプリで付け足された「Shimonumabe」という表記がありますね。これのSの上に武蔵小杉駅eの下に向河原駅があります。
それで一体なんだという事ですが、向河原駅から南に伸びる路線が分岐し、武蔵小杉駅で交差した横須賀線と再合流していますね。これは「市ノ坪短絡線」といい、1973年の10月頭に廃止になったものです。

他にもみてみましょう。これは羽田一帯の部分です。
羽田空港が拡張工事中なのがわかります。ところでこの拡張工事ですが、地理院の写真を見ながら確認していって頂けると時期がいつであるかわかって頂けるかと思います。
写真の枚数が限界に近いので、リンクを貼って説明していきます。(リンクは「新しいタブで開く」にして頂けると比較がしやすいと思います。)
まず。1975年の航空写真のリンクです。
https://maps.gsi.go.jp/#14/35.546823/139.803085/&ls=gazo1&disp=1&lcd=gazo1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
埋め立てがほとんど始まっておらず、囲いで予定地の範囲が把握できるような状況です。
つまりソ連地図は羽田空港に関しすでに1975年よりも後に編集していることがわかりました。
続いて84年の航空写真です。
https://maps.gsi.go.jp/#14/35.546858/139.803042/&ls=gazo3&disp=1&lcd=gazo3&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
埋め立てが進み、一部が沼のように残っている状態です。それぞれの水たまりの形はソ連地図のそれとほぼ一致しているのがおわかりいただけますでしょうか。はっきりと異なるのは、拡張部分左側の道が、写真では横顔のような輪郭で一周していますが、地図の方は少し途切れています。
ちなみに89年の写真のリンクがこちらです
https://maps.gsi.go.jp/#14/35.546858/139.803042/&ls=gazo3%7Cgazo4&blend=0&disp=11&lcd=gazo4&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
埋立工事はほぼ完了し、更に新しい場所へ埋め立てが進んでいます。
というわけで地図の空港はおそらく80年代前半のものであろうことがなんとなく分かりました。
つまり同じ地図に加筆を続くていたわけですね。とんだ茶番記事になってしまいました。
またこの地図からわかることといえば、空港の2つ上の島に通る道に「357」と描いてありますが、もちろんこれは道路番号であり、国道357号線を示しています。この357号線は1975年に開通したものです。これも時期が限定できないことのヒントになっていますね。
というわけで、結論です。
地図は70年編集開始(根拠:首都高三号線未記入)
   85年頃最終更新(根拠:羽田空港の埋め立て状況)

どうやらソ連の地図は戦略的価値がないものには一切力を入れないようです。…するとこの考え全部もおじゃんになる気がしてきましたが気にしません。記事にします。
以上で考察を一旦締めます。
恐らくそんな新設の道路を厳密に記載する訳では無いので、地図がガバになり、私の考察もガバになってることでしょう。

また何かありましたら更新したいと思います。
それではまたお会いしましょう。
最後までご覧頂き、ありがとうございました。

このガバについては次の記事(リンク付き)で再び出てきました。
宜しければ御覧ください。

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