鈍行列車で行く宗谷線

北海道旅行記

こんにちは、銀ふくろうです。今日は宗谷線について、乗車した話も交えてしていきたいと思います。それでは早速本編に入りたいと思います。

1.宗谷線とは?

北海道上の方の真ん中らへんを進んでいる。


宗谷線とは​旭川と稚内​を結ぶ同じ路線のことです。日本国内の中では​最北の路線​であり、総延長280㌔の​幹線​です。本線ということもあり、かつては​天北線など​の支線がありましたが、現在はすべてなくなり、​宗谷線自体が廃止の危機に追い込まれています。また2021年の3月には北星駅や紋穂内駅など13駅が廃止になりました。

​2.宗谷線の現状 ~乗車体験記~
2016年12月22日。朝5時40分に旭川駅に隣接するJRホテルをチェックアウトした私は、改札口にある売店で朝食を調達したあと、早速構内へと入札しました。駅は写真の通りガラガラですが、座席を確保の点において念のために、という感じですね。ところで行きは鈍行と申し上げましたが、旭川発の宗谷本線の普通列車は大抵、名寄か音威子府どまりです。しかし今回乗る列車は

稚内行きです。稚内到着予定時刻は11:56ということで、途中の対向列車待ちも含めておおよそ6時間、同じ車両で過ごします。
ところで反対のホームから出る列車は札幌にいくんですね。これも中々の長距離移動です。

これは前日に撮ったもの。名寄まではキハ40もくっついていたが、稚内まで連れてったのは54の方。

列車は発車5分ほど前に入線し、撮るまもなく旭川駅を出発しました。
筆者はここで痛恨の居眠りをしてしまいます。

再び目が覚めたのは列車が出て30分ほどのことです。丁度辺りが明るくなってきました。この写真にある塩狩駅の近くには塩狩峠記念館がありますが、行くのはまた今度の機会ですね…。ちなみに筆者の中学校はミッションスクールだったこともあり塩狩峠のDVDを宗教の授業で観たことがありましたが、同行していた同期の友人との話題には上がりませんでした。

そして旭川を出てから、2時間弱。名寄を過ぎてから、

紋穂内駅。2021年3月に廃止された。

だんだんと、
駅舎が簡易的になっていきました。この2枚の写真に写る駅2つも2021年の存続問題で明暗を分けた駅でしたね(紋穂内駅は廃止になった一方で恩根内駅は存続することとなりました)。ちなみに名寄以北のこの区間は、廃線検討区間になっています。旭川から少しずつ乗ってきていたお客さんも多くが名寄で降りていきました。
またそしてそれに合わせて車窓からの町並みも

だんだんと、いや一気に、見えなくなってしまいました。車窓は天塩セットです。天塩川と天塩山地ですね。そして、名寄からさらに1時間。

鈍行の旅の折り返し地点、音威子府駅に到着しました。
こうしてみるとかなり綺麗な駅名標ですね。

午前9時過ぎ、私を乗せた列車は走行区間の中間点にたどり着きました。上りの特急列車をやり過ごすために、少々停車します。せっかくなので降車して写真をとることにしました。

この車両、キハ54には夏に留萌線でもお世話になりました。特に廃止が検討されているような路線に配置される車両のイメージがありますが、筆者はそんな物寂しい区間を孤独にも力強く走るこの車両が、大好きです。

数分のうちに、対向の列車がやってきました。出発です。

歌内駅も2021年に廃止となった。

音威子府を出てしばらくは、駅前に町並みを見ることが出来、

この駅では駅舎をリフォームしたりと、きちんと管理をしているみたいでしたが、この駅以降は、

また天塩川と天塩山地の組み合わせがまた車窓を専有するようになりました。

正直なところ、車窓だけでは物足りなくなってきたので運転台の方へ見に行きました。撮影時にはこの運転台から見て後退方向に動いていたために、イマイチなものだったのですが、今見ると味がありますね(自画自賛)。そして音威子府駅を出ること1時間半、主要駅である幌延駅に到着しました。 

音威子府駅と同様にここでまた、上り列車をやり過ごすため、本駅では40分ほど停車です。
せっかくなので、降車して駅をちょっと散策することにしました。

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反対側のホームに来ました。こちらは宗谷線の上り列車用のホームですが、
反対側もかつてホームとして使用されていました。実はこの幌延駅は1987年まで運行されていた、羽幌線の終着駅でした。廃止され30年が経って雪に埋もれていましたが、線路がまだ敷かれているように見えます。いつしか羽幌線跡も追っかけたいですね。

しかしながら40分とは観光するには短すぎ、そして駅を散策するには長すぎるものでして、旭川からの6時間を満喫したかった筆者は情けないことに、列車に戻ってから発車までの残りの時間をウトウトして過ごしてしまいました。今思い返してみれば駅舎とか見ておけばよかったなあと後悔しています。 

幌延駅を出てからは、天塩山脈が遠ざかり、だだっ広い平地が出てきました。一見何もない様ですが、夏には豊かな植生を見ることのできる、サロベツ原野と呼ばれる湿原で利尻礼文サロベツ​国立公園​の一部なのです。夏に是非、行ってみたいものですね。

稚内駅まであと二駅というところで、古く厳しい駅舎に出会いました。抜海駅です。この駅舎は一部改修されましたが、それ以外の部分は開業した​1924年の時のままの姿を保っています。個人的にはJRのマークが古めかしい雰囲気には邪魔ですね…

抜海駅を出ると​海が見えてきました。もう稚内まで、あと少しです。

抜海駅を出て20分弱。旭川から始まる約6時間の旅は、後から思えばあっという間に終わりを迎えてしまいました。

これは駅舎が建て替えられる前に入口に飾られていたものです。現在では昔のようなこじんまりとした駅の様子はなく、なんと映画館まで併設されています。正直に言えば昔の方が好きですね。

一面雪に覆われた寂しい区間をディーゼルサウンドと共に行く旅は、控えめにいって最高でした。次回は、稚内駅周辺を少し散策したことについて話して行きたいと思います。それではまたお会いしましょう。最後までご覧いただき、有難うございました。

※2018年に再び宗谷線でどんぶら北上した後、宗谷岬とかも見ながらバスでどんぶら南下してみました。その時の話はこのリンクから是非、御覧ください!
『天北宗谷岬線完乗シリーズ』初回(稚内駅~宗谷岬)

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